「クマとともに」を読む

図書館の蔵書リストにあったクマ関連本の中から、比較的新しい一冊を借りました。

本書はクマ研究者三名による共著で、担当はそれぞれ、
坪田敏男氏(ホッキョクグマ)、佐藤喜和氏(ヒグマ)、山崎晃司氏(ツキノワグマ)となっています。

内容はかなり専門的で、読み進めるのに少々苦労しました。しかし、生態や分布といった基礎的な解説だけでなく、研究者ならではの調査結果を踏まえた考察や、行政・制度、人間社会の変化との関わりまで幅広く論じられており、非常に質の高い一冊だと感じました。

ホッキョクグマの章は軽く流し読みしましたが、身近な存在であるツキノワグマの章は特に興味深く、自然と読む手にも力が入りました。

特に印象に残ったのは、クマが人間の生活環境の変化に適応し続けているという点です。

例えば北海道では、輸入飼料の高騰対策としてデントコーン(青刈りトウモロコシ)の作付面積が拡大しています。高さ2メートルを超えるコーン畑の中では人と遭遇することも少なく、クマにとっては人間が提供した格好の隠れ家兼食料庫、無人レストランとして認識されているそうです。

一年で最も食料が不足する時期に、このような魅力的な餌場を見つければ、そこに居着いてしまうのも当然でしょう。過疎化した集落に放置された果樹も同じです。

つまり、山に食べ物がないのではなく、人里近くに簡単に食料を得られる場所が増えたということ。そして、かつて存在した猟師や野犬などの圧力も弱まり、「ここいいじゃん」とクマが判断するわけです。
その延長線上で、一歩踏み込んで市街地まで入り込めば、先日の宇都宮のクマ騒動のような事態につながるのでしょう。

動物にとっての究極の目的は、命をつなぎ、子孫を残すことです。

以前読んだ別の本に、「山の歩き方(登山道ではない場所)はクマに教えてもらった」という一文がありました。自然界の動物たちは、いかに低リスク・低コストで生き延びるかを徹底して追求し、環境に適応してきたのだと思います。

クマは雑食として知られていますが、消化器官は反芻胃を持つ草食動物とは異なり、生理的にはむしろ肉食寄りです。それでも長い年月をかけて雑食性に適応してきました。

もちろん、偶然見つけた動物の死骸など、簡単に手に入る栄養源を見逃すことはありません。さらに家畜のような比較的抵抗の少ない獲物を襲うこともあります。
場合によっては、山中で人と遭遇し、不幸な衝突が起き、その結果としてヒトを食べるということもあるでしょう。
「人食いグマ」といった刺激的な見出しで報じられることがありますが、彼らは元来好戦的な動物ではありません。そうした呼ばれ方も、多くは結果論に過ぎないのではないかと思います。

ただし、一度「効率の良い方法」を覚えてしまうと、それに執着する傾向があるともいいます。
危険は避けたい。しかし、利用できる可能性は捨てたくない。
そう考えると、クマは非常に合理的な生き物なのだと感じます。

クマの冬眠は寒さをしのぐためではなく、食料不足の時期を省エネルギーで乗り切るための戦略です。また、交尾から時間を置いて受精卵が子宮に着床する「遅延着床」も、冬眠中の出産を実現し、外敵やオスグマによる危険を減らすために進化した仕組みです。

こうして見ていくと、彼らは無理をせず、徹底的に合理性を追求しながら生き抜いてきた動物なのだと分かります。その姿には、思わず敬意を抱かずにはいられません。

それでも・・・

実際にフィールドや街中でクマと遭遇してしまったら。

やはり恐怖や危険の対象としてしか見られないのも事実です。

「排除すべきだ」「絶滅してしまえ」という声も少なくありません。しかし、生態系の多様性を維持するうえで、クマが重要な役割を担っていることも事実です。

知れば知るほど難しい、クマと人との関係。

正解は一つではありませんが、この一冊は、その問題について考えるきっかけを与えてくれる本でした。

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